マタイによる福音書 13:53~57
「人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった。」(13:57) 

 ナザレの人々は、「この方が神の人キリストである」とは思えませんでした。主イエスがあまりに身近な存在だったからです。「こんなに近くまで神が来られるはずはない」という先入観もあったのではないでしょうか。
 聖書が我々に示している救いに関する一番の驚きは、聖なる存在が私達の生活の中にまで歩み寄り、ご自分の言葉を聞かせてくださった、ということではないでしょうか。
 人々が神に、自分の期待を押し付けていたことも躓きとなったでしょう。自分の期待通りのメシア、都合のいい救いを求めることは私達にとって他人事ではありません。ナザレの人達、ガリラヤの人達、弟子達、皆イエス・キリストに躓きました。
 しかし、聖書は主に躓いた人たちの「その後」を書いています。それぞれの期待を超えて、主の御業は人々を変えて行きました。自分の期待に生きる者から神の御心に生きる者へと。福音は、時間をかけて、世の不信仰に穴をあけていきます。

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