マタイによる福音書 13:1~9

「群衆は皆岸辺に立っていた。イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。」(13:2~3) 

 「たとえ」は、聖書においては謎かけという意味です。あえて隠して、何かを伝える言葉のことです。
 主イエスは群衆に向かって語られたたとえを「種を蒔く人のたとえ」と呼んでいらっしゃいます(18節)。私達は蒔かれた種や種が落ちた土地にまず目が行きますが、これは「種を蒔く人」に目を向けなければならない話なのです。「種を蒔く人」にとって、種・土地は二種類に分けられます。実を結んだか、結ばなかったか、です。
 主は「耳のある者は聞きなさい」と群衆に呼びかけていらっしゃいます。「私の言葉を、あなたはどこで聞いているのか。私と一緒の舟に乗っているのか、それとも、岸辺に立って遠くから私を見ているのか」と問いかけ、実を結ぶ土地へと招いていらっしゃるのです。
 洗礼者ヨハネは「悔い改めにふさわしい実を結べ」と言いました。キリストへと立ち返り、そこで与えられる実りは「御名を称える唇の実」(ヘブ13:14~15)、すなわち、讃美であり礼拝です。
 「私の口から出る私の言葉も空しくは私のもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす」(イザ55:11)。

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