マタイによる福音書 12:43~50
「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来た我が家に戻ろう』と言う。」(12:43) 

 汚れた霊が人から出て行った、ということはキリストによって追い出された、ということです。キリストに出会った後の人の心の状態がここで問われています。
 この話の怖いところは、汚れた霊が我々人間の心を「我が家」と呼んでいることです。キリストに出会った後、心の内にキリストを留めていない「空き家」には、汚れた霊は仲間を引き連れて里帰りする、というのです。
 ペトロもよく似たことを手紙の中で書いています。「私達の主、救い主イエス・キリストを深く知って世の汚れから逃れても、それに再び巻き込まれて打ち負かされるなら、そのような者たちの後の状態は、前よりずっと悪くなります」(Ⅱペトロ2:17)。ペトロは1世紀の教会の中に悪霊が再び戻って来て崩れていく様を見たのでしょう。
 キリストは「この人たちが私の家族だ」と弟子達を指されました。これは「手を伸ばされた」という言葉です。キリストの御手が差し伸べられ、御手の内に生かされていることを知り、喜び、祈り、感謝すること。これが、「神の御心を行う」ということであり、悪霊との戦い方なのです。

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