マタイによる福音書 12:38~42

「よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。」(12:39) 

 ご自分のことを「神殿にまさるもの」「安息日の主」とおっしゃる主イエスに「しるしを見せてください」と言ってきた人たちが、主から与えられた言葉です。
 彼らはしるしを見ていないのではありません。既にガリラヤで数多くのしるしが示されたにも関わらず、この方の言葉・業が神のものであるかどうかがわからなかったのです。
 もう彼らに与えられるしるしは「ヨナのしるし」だけだ、と主はおっしゃいます。ヨナが三日三晩魚の腹の中に落とされ、そこから戻って来た体験が、ニネベの人たちをイスラエルの神へと立ち返らせました。主イエスがここでおっしゃるのは、ご自分の復活のことなのです。
 私達には復活という大きなしるしが示されています。私達が世に向かって宣べ伝えているしるしこそ、「主の死」です(1コリ11:26)。それは死で終わることのない死、つまり、復活に至る希望です。私達は主の復活というしるしの前に立たされ、そこで信仰を問われているのです。

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