イザヤ書 12章

「その日には、あなたたちは言うであろう。・・・『イスラエルの聖なる方は、あなたたちのただ中にいます大いなる方。』」(12:6) 

 6章から続いて来たイザヤの裁きの言葉は、この12章で讃美の言葉となって大きな文脈を締めくくっています。
「見よ、私を救われる神」(2節)は、「見よ、神こそ私の救い」という言葉です。救いを求める、ということはすなわち、神を求める、ということです。そのことが、イスラエルの苦しみの叫びを感謝の讃美へと変えてきました。
「その日」に起こることをイザヤはここまで何度も伝えてきました。神への信仰を捨てなかった「残りの者たち」にとって、「その日」は、自分たちの信仰が報われる希望の日です。しかしそれ以外の者にとっては、裁きの日となることを伝えています。
イスラエルが「聖なる方」を喜び歌う日が来ることをイザヤは告げています。私達にとって、その方こそイエス・キリストです。「彼は自らの苦しみの実りを見、それを知って満足する。」(イザ53:11)。主もご自分の苦しみが私達の叫びを讃美へと変えたことを喜ばれているのです。

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