マタイによる福音書 11:20~24

「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。・・・またカファルナウム・・・裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまた軽い罰で済むのである。」(11:21~24) 

 コラジン、ベトサイダ、カファルナウム、これらは主イエスのガリラヤ宣教がなされた町々です。これまで多くの人々が主イエスの下に来て癒され、教えられ、悪霊から救われてきました(4:23~25)。しかしその信仰は「点」で終わっていたようです。
 ティルスとシドンは旧約聖書では預言者たちに何度も非難されている町々です。しかし、預言者エリヤの言葉と業を見たシドンのやもめは「あなたはまことに神の人です。あなたの口にある言葉は真実です」と、主なる神に立ち返りました(列王記上17章)。イスラエルに敵対していた異邦人女性でさえ悔い改めたのに、主イエスの一番近くにいた町々の人々は悔い改めなかったのです。神が見えなかったのではありません。目の前に神を見ながら、立ち返らなかったのです。神に近い民こそ、裁きは重いのです(アモス3:2)。
今神の一番近くにいて、言葉を聞いているのはキリスト教会です。アモスやイザヤの時代から与えられてきた立ち返りの呼びかけは続いています。私達こそ、この御声に対する責任は重いのです。

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