マタイによる福音書 11:16~19

「今の時代を何にたとえたらよいか。」(11:16) 

 主イエスは「今の時代」を、自分の思う通りにならず、広場に座ってだだをこねている子供にたとえていらっしゃいます。自分が望むように踊ってくれない洗礼者ヨハネと主イエスは「時代」にとって期待外れの預言者・メシアでした。
 自分の思い通りにならない時や自分の計画と神のご計画が違っていることに気付いた時、私達は簡単に失望します。「私が笛を吹いているのになぜ神は踊ってくださらないのか」と言うのです。旧約の時代にも、預言者から聞きたくない言葉を聞かされた人々は、自分が望む言葉を語ってくれる偽預言者の方に向かいました。
 主イエスは「知恵の正しさは、その働きによって証明される」とおっしゃいます。私達はどのように「知恵・神のご計画」を知ることができるのでしょうか。神の御前に、「幼子のように」なるしかありません(11:25)。神から見せていただいているものと、神があえて私達に見せずにいらっしゃるものがあることを、幼子のように受け入れることです。
 サムエルは主に呼ばれた時、「どうぞお話しください。僕は聞いております」と言いました。彼は幼子のように神の言葉を受け入れ、預言者として神の知恵を伝えていったのです。

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