マタイによる福音書 10:34~39
「私が来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。」(10:34) 

 主イエスがここで「剣」とおっしゃっているのは、実際の武器・殺し合いのことではなく、信仰を貫くための戦いのことです。家族以上に愛すべき方を、愛する家族に証ししなさい、ということでしょう。
主は「自分の十字架を担って私に従わない者は、私にふさわしくない」とおっしゃいます。これは、「私『の後ろ』に従わない者は」という言葉です。キリストの弟子であるということは、常にキリストの真後ろに生きる、ということです。私達が苦しんでいる時も、キリストは私達の一歩前を踏み固めてくださっているのです。
信仰者にとって、一番問題となるのは、キリストの真後ろで死ねるかどうか、ということではないでしょうか。キリストの背中をすぐ目の前に見ながら、地上の人生を終えることができるか、そこまでついて行くことが出来るか、それではないでしょうか。その歩みが、私達が自分の家族に対して、また敵対する全ての人に対して見せられる証しの姿であり、主がおっしゃる「自分の十字架」ではないでしょうか。

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