マタイによる福音書 9:1~8

「イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦される』と言われた。」(9:2) 

 主は「この男は神を冒涜している」と考えた律法学者たちに対して、「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう」と言って癒しの御業を行われます。「人の子」とはダニエル書7:13~14で言われている、神の権威をもって永遠の支配を司る存在のことです。
 中風の人がしたことは、キリストに命じられて、起きて、家に帰った、それだけのことです。聖書が記しているのは、キリストが「人の子」であることを知らせるために、この人が用いられた、ということだけです。私達の信仰生活も、キリストの下に立ち返り、神の御業のために用いられる、最終的にはその一点に尽きるのではないでしょうか。
 8節の「人間」は、原文では複数形「人間たち」です。多くの聖書学者は、「これは教会のことではないか」と解釈します(16章、18章)。
 主イエスは一人の人を連れて来た人たちの信仰をご覧になりました。この無名の信仰者たちの働きが、キリストとの出会いを生み、一人の人の人生の意味を変えました。この人たちこそ、キリスト教会の姿です。私達が誰かをキリストにとりなす祈りには、神の権威が与えられているのです(ヤコブ5:13~20)。 

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