マタイによる福音書 8:1~4

「イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい、清くなれ』と言われると、たちまち、重い皮膚病は清くなった。」(8:3)

 聖書は主イエスと皮膚病の人の出会いを描いています。考えられないような出会いにおいて、驚くべきことが起こっています。
 人と接触してはいけない人がタブーを犯してキリストに接触し、救いを求めました。接触してはいけない人にキリストは手を伸ばし触れて清くされました。一点の曇りもない信仰者を前にして、主イエスは、レビ記のタブーを超えて救いを行われたのです(レビ5:3)。
 「彼は私達の患いを負い、私達の病を担った」(8:17)というイザヤの預言にあるように、ガリラヤで癒しの御業を行われる主イエスのお姿は、「主の僕」として罪人たちを担っていかれる姿なのです。ある時は血を、ある時は死を引き受けられました(9:20、25)。
 「彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない」(イザ42:2)という預言通り、主イエスは「誰にも話さないように気をつけなさい」とお命じになりました。癒されたこの人は、ただ、律法・聖書の言葉に従う生き方が求められました。
 キリストの証しは、聖書の御言葉に従いつつキリストに担われる信仰生活の積み重ねによって進んでいきます。    

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