マタイによる福音書 7:24~29
「イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。」(7:28)

 ある人は、「山上の説教を理解する上で一番大切なことは、『誰がこの言葉を語ったのか』ということだ」と言っています。主イエスは神の言葉を「私の言葉」とおっしゃいます(24節)。人々はこの時、キリストの権威あるお姿を前にして、自分たちが山の上で神の啓示を受けていることに驚いたのです。
 「自分は、口下手だ、自分は若すぎる、自分は罪深い」と言ってしり込みした旧約の預言者たちも、「神の啓示を受けた」という、驚きを体験したからこそ、召しに応えることができたのです。
 啓示を受けた民を、家を建てる者として主は語られます。今私達が造るのは「教会」です。教会は岩の上に立ちます。雨と風に耐えるためです。雨と風とは、神から来る、偽物を押し流す裁きの御手のことです(エゼ13:10~16)。
 キリストは「私の上に立て。私はあなたがたに踏まれるために世に来たのだ」と言ってくださいます。これこそ、一番の驚きです。この隅の親石の上でしか私達は雨風をやり過ごすことはできません。この岩の上に立ち、「救いはここにある」と神の国の実現を世に証ししていくのです。             

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