マタイによる福音書 7:21~23

「私に向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。」(7:21)

 主イエスに向かって「主よ」と呼んだのに、「あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、私から離れ去れ」と言われたとしたら、驚くでしょう。
 「世の終わりには、私の名を名乗る者が大勢現れ『私がメシアだ』と言って、多くの人を惑わす」と主は預言なさっています(24:5)。メシアと関係ないところで、メシアの称号を用いて活動する者も「主よ、主よ」と呼ぶのです。
 私達はどのように「主よ」と呼びかけているでしょうか。「主」という言葉は、1世紀には、皇帝に対して、また奴隷が自分の主人を呼ぶ時、弟子が先生を呼ぶ際などに用いられました。
しかし、私達は、ただ尊敬を込めてキリストのことを「主」と呼んでいるのではありません。救い主への信仰、尽きない悔い改めを込めて「主」と呼びます。「主よ、なぜあなたがそこにいらっしゃるのですか。そこに張り付けられて死ぬべきは、私ではないのですか」という呼びかけです。
信仰の内に跪いて「主よ」と呼びかけた先で、私達は「私はあなたのことをよく知っている。あなたのために用意されている国を受け継ぎなさい」とキリストから言っていただけるのです。  

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