マタイによる福音書 7:13~20

「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。」(7:15)

 弟子達はいつでも岐路に立たされます。狭い門(道)と広い門(道)を目の前に見ています。主イエスが山の上で示されたのは「何よりもまず、神の国と神の義を求める」という狭い門(道)です。「できる時に、できるだけ求める」というのではありません。
 人は福音の種が根を張り、芽を出し、成長していくのをじっと待つ忍耐がなかなか持てず、簡単な方を選ぼうとします。福音の種を受け取っても、種を手放した方が楽であれば種を捨て、毒麦を受け取った方が楽であれば、毒麦を育て始めるのです。私達の信仰の歩みは、広い方へと向かっていく多くの人の流れに逆らいながら、もみくちゃにされながらのものです。
 主は「それを見出す者は少ない」とおっしゃいます。「それ」を見出した私達は、この地上にあるどの幸せにも勝る幸せを得ているのではないでしょうか。この道は空しさで終わりません。命に、復活に、永遠に消えることのない祝福に、神との交わりに至るのです。
私達の信仰の歩みは、「あの狭い門の向こうにこそ何かがある」と世に示すことになるのです。              

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