マタイによる福音書 6:1~15
「私たちに必要な糧を今日与えてください。」(6:11)

 これは「次の糧」を求める切迫した祈りです。弟子達は手に何ももたずに宣教の旅をしていました。本当に「次の糧」が与えられるのか、それは一番の関心事(心配事)でした。糧が与えられなければ宣教が終るのです。
 主イエスは6:25以下で、「思い悩むな」「その日の苦労はその日だけで十分である」とおしゃいます。蓄えてから信仰しなさい、問題・不安・不満を整理してから礼拝しなさい、とおっしゃるのではありません。全て抱え込んだまま神の国と神の義を求め、神から与えられる「必要なもの」を見せられるのです。
 弟子達は皆ユダヤ人でしたから、出エジプトの荒れ野を思い浮かべたのではないでしょうか。一日一日、過不足なく、イスラエルにマナが与えられました(出エジ16章)。「この40年の荒れ野の旅は、私があなたたちの神、主であることを悟らせるためであった」と神は旅の最後におっしゃいました。
 私達の、その日その日の小さな祈りは、大きな悟りへとつながっています。    

コメントは受け付けていません。

カテゴリーとタグ
2018年9月
« 8月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
ログイン
アクセス情報