マタイによる福音書 6:1~15

「私たちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」(6:13)

 「御名が崇められますように」とは、「神のお名前が聖とされよ」という命令形です。誰によって聖とされるか、というと、礼拝の民です。裏を返せば、神の御名を汚すのも、礼拝の民なのです(エゼ36章)。
 神の御名が聖とされ続けるということは、イスラエルが神への畏れの中に生き続ける、ということです。当たり前のことのように聞こえますが、当たり前ではないのです。だからこそ主イエスは「誘惑に遭わせないでください」という祈りを教えてくださったのです。
 荒れ野の誘惑で主イエスは悪魔(誘惑者)に勝たれました。弟子達だったらどうだったでしょうか。ゲツセマネで「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい」と言われても、眠った弟子達です。
 弟子達・信仰者はいつも足元がぐらついています。霊をいただかないと、キリストから祈りの言葉をいただかないと、立っていけないのです。うめくしかない時、主の霊はうめき声をも祈りとして執り成してくださいます。               

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