マタイによる福音書 5:43~48

「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなた方の天の父の子となるためである。」(5:44~45)

 「敵を愛し、迫害者のために祈る」、それはキリストご自身がなさったことでした。御自分を十字架に打ち付ける者たちのために「父よ、彼らをお赦し下さい。自分が何をしているのか知らないのです」と祈り、御自分を見捨てた弟子達の真ん中に立って「あなた方に平和があるように」とおっしゃったのです。
 これはキリストにしかできないことではありません。ステファノは自分に石を投げる人たちのために祈りました。「主イエスよ、私の霊をお受けください。主よ、この罪を彼らに負わせないでください」。
 主イエスの祈りが弟子達を変え、ステファノの祈りが迫害者サウロを使徒パウロへと変えたのです。
 祈り、愛する、ということは簡単なことではありません。報われないことの方が多いのです。しかし、神はどんな者にも太陽の光と雨の恵みをくださいます。私達は神の愛に倣います。「それでも」祈り、「それにもかかわらず」愛するのです。私達の小さな祈りの積み重ねが、人々をキリストへと向かわせていきます。                                                     

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