マタイによる福音書 5:27~30

「みだらな思いで他人の妻を見る者は誰でも、既に心の中でその女を犯したのである。」(5:28)

 「みだらな思いで見る」というのは、「誰かの妻と性的な関係を持とうと実際に心の中で計画を立てる」ということです。実際には何も起こっていないのだからいい、とは主はおっしゃいません。心にあるものは、「心の中」だけで収まりきらなくなるからです。
 ダビデがバト・シェバに対して「心の中」にもっていたものは、形になりました。それが忠実な兵士であったウリヤと、バト・シェバとの間に生まれた子供の命を奪うことになりました。
 主イエスは私達の心の中にあるものを、律法の言葉によってえぐり出そうとなさいます。私達にとって自分の心の中をきちんと見つめるということほど勇気がいることはないのではないでしょうか。信仰の兄弟姉妹を躓かせる「何か」が自分の心の中にある限り、目をそらしてはならないのです。
 主は29~30節で「躓き」について語っていらっしゃいます。これほど強い口調でおっしゃる「躓き」は、ここと18:8だけです。信仰の友を躓かせることの恐ろしさを示し、私達を躓きから未然に救おうとなさる主の言葉は、まさに福音です。 

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