マタイによる福音書 5:17~20

「私が来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。」(5:17)

 主イエスがおっしゃる「律法」「預言者」とは、それぞれ、今私達が「モーセ五書」「預言書」と呼んでいる言葉のことです。主イエスの教えを、これまで自分たちが聞いてきたものとは全く違う、真新しいものとして聞いた人たちがいたのでしょう。
 主イエスが世に来られたのは、「律法と預言者」が主を通して完成する(満ちる)ためでした。「律法」として荒野のイスラエルを生かし、「預言者」として神から離れたイスラエルを神へと立ち返らせてきた神の言葉は、今イエス・キリストにおいて現れたのです。
 主は御自分の弟子達の義が律法学者やファリサイ派の義に勝っていなければならない、とおっしゃいます。律法学者やファリサイ派が実践している義とは全く異なる義(神への義務)が、キリストによって示されました。律法を、字義通り以上の厳しさをもって実践していたファリサイ派の人達は、主イエスを求めませんでした(ヨハネ福音書5:39~40)。キリストに永遠の命を求めること、これこそ、キリストの弟子達が求められた義だったのです。

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