マタイによる福音書 5:11~16

「あなたがたは地の塩である・・・あなたがたは世の光である。」(5:13~14)

 地の塩、世の光に「なりなさい」とおっしゃっているのではありません。キリストの下、弟子達・教会は地の塩・世の光なのです。預言者的共同体へと召された、もう隠れることは許されない、ということです。旧約の預言者たちが、「行け、黙っているな」と神から命じられたように。
 預言者たちは迫害されました。彼らの言葉が世に相応しくなかったからではありません。「世は彼らに相応しくなかった」からです(ヘブ11:38)。闇は光を嫌います。罪は神を嫌います。それでも預言者たちは世の真っただ中で自分をさらして神の御心を伝えました。地の塩・世の光としての教会の立ち位置はここです。
 私達が「地の塩・世の光」であり続けるのは、自分たちが褒められるためではありません。世の人達が私達の「天の父をあがめるようになるため」です。私達の礼拝の姿を通して、神を父と呼べる場所・契約がここにある、ということを、世は知っていくのです。私達が神を父と呼ぶ毎週の礼拝は、決して小さな業ではありません。

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