マタイによる福音書 5:11~16

「喜びなさい、大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。」(5:12)

 「ブドウ園の労働者のたとえ」(20:1以下)では不思議な報酬が語られています。これは労働に対する賃金の話ではなく、主人と労働者の関係性における報いについての話です。賃金が同じでも、一番主人に対する思い・関係が強くなったのは、過分な恵みを受けた「最後の者たち」です。
弟子達はこれから迫害されることになります。キリストはその理由について、「わたしのため」とおっしゃいます。「あの者たちは、もはやあなたがたがそのようにひどい乱行に加わらなくなったので、不審に思い、そしるのです」(Ⅰペトロ4:3~4)。
罪から離れた者を、罪は追いかけて来ます。ペトロはこの時山の上で聞いた主イエスの言葉を何度も思い出しながら迫害に耐えていたのではないでしょうか。
キリストは、山上で福音を語り、ゴルゴタで十字架に上げられ、御自分の光を人々の前に輝かされました。キリストの弟子は、キリストのやり方に倣います。神はこんな者にまで過分な報いを用意してくださっている、ということを、この貧しく小さな姿をさらして、世に現していくのです。            

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